大抵のアファメーションは100,000回唱えれば何とかなる。
目に見えない精神領域に少しずつ変化を促す。
悟りやPNSE状態はある日突然訪れます。だけど黙って待ってたらやってくるわけではありません。地道な努力が必要な時期があります。どうしても。
何もしない人にはそれなりの結果しか与えられません。激しく体力を消耗するような修行じゃないんだから、アファぐらい100,000回やってしまいましょう。必ず何かしらの実感が得られます。
精神的な領域ですから明確な指標は出せません。可視化出来ません。「そういう感覚」はその人自身にしか言語化出来ません。
交通量を測定する手持ちのカウンターでカチカチと延々とやればいいんです。小声か、声にもならないくらい心の中で唱える。
誰もが目覚めたい!悟りたい!といいつつも何も変わらないのは圧倒的に回数が足りないのです。「いつも考えてるもん!だから結構回数はこなしてるはず!」と思ってもカウンターを見たら1日50回も唱えてないと思いますよ(笑)50回ぐらいじゃ変わりません。
そして、100,000回唱えようと思ったら必然的に1日の過ごし方が変わってきます。今までの日々にアファメーション100,000回達成という目標を詰め込まなくてはなりませんから。無駄な習慣を排除することになるから、無駄時間の断捨離が発生します。
「なにかを得るには、なにかを捨てなければいけない」っていうのは真理だと思うのですが、残酷なのが、必ずしも等価ではないということ。現実では、本当に欲しいものを1つ手に入れるためには、5つくらいは諦めないといけない。たぶん世の中ってそんなもの。
— なにおれ|少ないものとお金で楽しく暮らす (@lemologue) May 11, 2023
何かを変えようと思ったら、自然と無駄な行動が減ります。それが「修行」と言ってもいいです。
無駄な事しない、無駄を極力減らす、それが修行の神髄なのではないでしょうか?目覚めようと思って無駄に余計な要素を追加しないのです。
つまりアファメーションの習慣を作ると他の習慣にまで良い影響を及ぼします。逆にダラダラやってると精神変容が起こらないので、「〇〇までに全部終わらせる!」ぐらいの勢いで短期的に集中してやってみましょう。
1日をどう過ごすか?精神変容を起こす習慣を作りましょう。
圧倒的に数をこなせば「質」を感じられる。
肉体の変容といえば筋トレですが、筋トレは何か月もかかって効果が可視化出来る一方、精神変容は可視化出来なくても変化は肉体の内側で確実に起こり始めています。
グニャリと静かに変わり始めていきます。それが「私は誰か?」です。別に発狂しませんよ(笑)
こうやって日々様々なことを思考する「私」って一体何なんだ?と。
私の正体は何なんだ?答えのない疑問を自分自身に100,000回以上ぶつけるわけです。当然答えは返ってきません(笑)答えを求めるためにやるのではなく、精神変容そのものが目的です。
アファ100,000回に答えを期待するのではなく、その先の景色でようやく見いだせると思います。悟りの景色は人によりますが、マハリシの言う「真我」がどこにあるのか、なぜ気づかなかったのか、単純な疑問への答えに気づき始めます。
マハリシの言葉を学んでみると、今の自分に心当たりがあるかも。
「私は私」の意味は到達した人にしか理解できない。
その答えが「私は私」なんてアファやる意味ないじゃん、と思われるかも知れませんけど(笑)
100,000回唱え続けて精神的な領域にグニャグニャと変化を起こし続けてきた人間が語る「私は私」と、アファ一切やらない人間の「私は私」では全然意味が違います。
悟り・PNSEへ至る道の第一歩が「私は誰か」100,000回でした。私の場合。そしてもちろんスワイショウもね(笑)
同じ言葉でも真我の場所に気づいた人間とそうでない人間では感じ取る価値観が全く違います。
アファメーションは確実に変化を起こせます。その威力があります。
私達は「どうしてこんな簡単な事に気づけなかったんだ」と、それすらも分からなくなるぐらい酷く洗脳されて生きてきたのです。自分の意志で、言葉で、自分を解放しなくてはなりません。
変わりたかったらやるしかない。
人によっては他の方法があるかも知れませんが、それでも直接的に真我・潜在意識の場所を刺激したかったら「私は誰か?」「私は何者か?」を100,000回唱えるのは効果的です。
少しでも多くの人が至高体験の重要さに気づいて欲しい!
自分にとって「しっくりくる」アファメーションを、とにかく100,000回。毎日地道にカチカチやってExcelで管理すればいいんです(笑)本気で変わりたかったら行動するしかない。
ここまで記事を読んでくださってありがとうございました!